ブラバン/津原泰水

ブラバン
津原泰水
バジリコ (2006.10)
ISBN:4862380271
価格 : 1,680円
Amazonで詳細を見る


★★★★★
 高校時代のブラスバンドを復活させて、先輩の結婚披露宴で演奏しようという話である。あの人はどうしているかな、と懐かしい人はどんどん出てくるが、青春ど真ん中の熱い話なんていうのはない。先輩後輩という鬱陶しいほどの人間関係や暑苦しい練習風景、ましてやコンクールで優勝、なんていう嘘くさい華々しい演奏風景がでてくるわけでも、もちろんない。
 言うなれば、四十路になった彼らの高校時代のエピソード集なのである。
 語り手は、1980年当時高1だった「依怙地で打たれ弱い」と自己分析しているコントラバスの男子である。現在も脇役のごとく、赤字続きの酒場を経営しているタヒラという冷めた男だが、この彼の目線がじつに可笑しくていい。気が遠のくほどの空白をあっという間に飛び越え、笑いと涙で埋めてくれて、つい昨日のように我々に教えてくれる。
 同じ空間と時間を共有していても、それは群像劇ではない。なぜなら、彼らの楽しかった日々には終わりがないからである。いつまでたっても、「あの頃があの頃と同じく楽しいし、恥ずかしい」からだ。
 記録したかったのは「僕たちが再び結集するプロセスであって、高校時代のエピソード群はそのための情景描写に過ぎない」というのであるが、作者の思惑がどうであれ、現在と過去をいったりきたりする、この延々と続く情景描写がたまらなくいいのである。シャツをつかまれ、「なにやってんの、この万年高校生たちは」と呆れ果てられ、襟元のボタンがはじけ飛ぶような、そんな、くっと笑ってしまう話ばかりである。

 「十代の日々を思い返しながら生きるのは自虐だ」と言いながら、作者の目線はほろほろと優しい。そしてまた、そんなことまで書くのかというほど苦い。でもそんな苦い話ばかりだから、己の人生を考えることができ、しみじみと高校時代を振り返ることができるのである。そしてだからこそ、高校時代の彼らの眩しい日々にほろりとなるのである。

スナップ写真のような、テレビCMのような麗しい青春時代を送りえた人が、人類史上に一人でもいるだろうか。まともな知性に恵まれながら、十代の夢はすべて叶ったと高笑いできる大人はいるだろうか。十代の自分を振り返る大人の視線は手厳しく、今の自分を見つめる十代の頃の視線は残酷だ。だから人はその日のみを生きようとする。

 四半世紀。長いのか短いのか。わたしにはあっという間に過ぎ去った日々だった。だが、悩んで笑って泣いたあの懐かしい日々のことは、老いて記憶の断片になろうとも、いつまでも心に残っているのは確かなのである。それを思い出させてくれた小説であった。
 いつでも青春時代だと思っているあなたへ。
 多くの方へお薦めします。

12/18追記

「読書記録。」のromshanpさんの素敵な書評です。
http://blog.goo.ne.jp/romshanp/e/0b85005df28b874793704d071703f615