空飛ぶタイヤ/池井戸潤

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★★★★★
 面白かった。面白かった。面白かった。
 あと100回くらい叫びたい。なんど文字が涙で滲み、昂奮して鳥肌が立ったかわからない。直球ど真ん中のエンターテイメント小説だった。
 本書はフィクションだと巻末にあるが、2002年に起きた三菱自動車リコール隠蔽事件がモチーフとなっているのは明らかだ。大型トレーラーから脱輪したタイヤが歩道を歩いていた母子を直撃したのと同様の事故から物語は始まる。男児は軽症だったが、母親は死亡。トレーラーを所有していた「赤松運送」には、スピード違反と過積載違反はなかったものの整備不良の疑いをかけられ家宅捜査が入る。遺族からは容赦ない怒りをぶつけられ、長年の取引先にも逃げられ、おまけにメインバンクからは返済を迫られて倒産の危機に陥る。製造元の自動車会社にはなんの過失もなかったのであろうか。旧財閥系企業のリコール隠しに一人立ち向かうことを決心した社長の赤松は、全国を回って真相を突き止めようとする。
 物語は、中小企業の社長である赤松の視点を中心に、巨大企業であるホープ自動車側の目線からも描かれる。対外的な交渉の進め方もさることながら重役と社員といった内部者同士の駆け引き。さらには傍観者でしかない系列会社の銀行員や週刊誌の記者といった、立場の違うさまざまな人物を登場させた緻密な描写はリアリティを高めていく。
 なぜ企業は隠蔽を繰り返すのか。本書を読むと、それがよくわかる。官僚以上に官僚的な体質。足の引っ張り合いだけを考えているような社員。事なかれ主義の幹部。そういったことが物事の本質を見誤るのだ。企業内におれば一個人ではどうしようもないことが出てくるのは当たり前だ。だがそれにしても旧財閥系巨大企業の傲慢な態度は読んでいて腹立たしくなるばかりだ。人の命より利益優先といった腐った体質はトップも末端も変わりがないというのは、驚きを通り越して怒りを覚えるのだった。
 と言った具合に、企業小説としても大変優れている。だが、この小説の一番の面白さはなんといっても、町の運送会社の社長でしかない赤松が、苦しくて苦しくて死にたくなる状況においても歯を食いしばって耐え、家族や従業員に支えられながらも巨大悪と闘って打ち勝つところにある。その痛快さに胸の震えるような快感を覚えるのだ。そして社長業だけでなく息子の父親として、またPTA会長として、次から次に圧し掛かってくる難題にきちんと立ち向かう姿勢にこれまた感動するのだった。そしてそういった、さまざまな登場人物の苦悩や打算、人としての感情を丁寧に描いてくれたことに感謝したい。ベタなエピソードもたくさんあって、それがまた嬉しい。
 二段組500ページ近い小説である。だが少しも長さを感じさせない小説である。読み出したら止められない、ノンストップの一気読み小説だった。
 オススメ。

追記

 この小説がなんで直木賞を獲れなかったのか不思議でしょうがない。それほどいい小説だった。文春の白石一文の『どれくらいの愛情』がダメだったのならこの小説にあげるべきだった。版元が実業之日本社だからだとか、長いからだとか、そんなことは関係ないではないか。少なくとも「該当作なし」というふざけたことはするべきではなかった。この小説にあげなかったことを後悔しなければいいが。