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ああ、これは素晴らしいな。
まだ少女と言っても可笑しくないほど若い母親と大学生の話である。カメラマン志望の圭司は、ある日、奇妙な頼み事をされる。「子供を連れて公園に出掛ける奥さんを尾行して、気づかれないように写真を撮ってほしい」と。依頼をこなしていくのと交差して、物語は、圭司の同居人や女友達や姉との出来事が語られていく。
圭司は、百合香が水元公園から始まって、日比谷公園、砧公園、洗足池公園と、東京の公園を毎日のように巡っていくのを不思議に思う。公園が好きだからか。それとも子育てに疲れているのか。一口に公園に行くといっても、お弁当を作ってベビーカーを抱えて電車に乗って人混みのなかを出掛けていくのである。それはとてもしんどいことだと思う。どうして、百合香は毎日のように公園に出掛けていくのだろうか。ファインダー越しに見つめながら、シャッターボタンを押しながら、そんな日々が続いていくうちに、百合香と圭司との間に漂っていた空気が少しずつ変わっていった。
読者はまず、百合香といっしょになって東京の公園の景色を愉しんでいく。少し汗ばむ気持ちの良い午後。木漏れ日の柔らかな光を受けて、公園の遊歩道を百合香はゆっくりゆっくりベビーカーを押しながら歩いていく。読んでいると、本当にきらきらと陽射しが差し込んできて、気持ちの良い風が頬にあたるようだ。
圭司と百合香の間には会話はない。それなのにお互いが何を考えているのか、読者は思うままに知るのである。小路はそれをさりげなく確かな描写で綴っていくのである。周りの景色が一段と鮮やかに浮かび上がってきて、それはまるでずっと昔に過ごした幸せな子育て時代を思い出させてくれる。
圭司の気持ちは、日々の生活の中で、友人たちと過ごすうちにだんだんとはっきりしてゆくのである。ブックマッチを片手で器用に操って火を点ける同居人のヒロ。「人妻ぁ?」と目を吊り上げる女友達の富永。くすっと笑って目を伏せる姉さん。小路幸也の描く温かくて気持ちのよい人達はいつにも増して魅力的だった。
気になって気になって仕方がなかった謎。誰もが幸せになってほしいと願って読んだ物語は、柔らかい恋の物語だった。泣いて笑って、至福のときを過ごさせてくれた物語は、とびきり美しい読後感を与えてくれたのだった。
お薦めです。
東京公園/小路幸也
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