テロル/ヤスミナ・カドラ 藤本優子

テロル
テロル
ヤスミナ・カドラ 藤本優子

早川書房 2007-03-23

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★★★★★
 読み終わってもあまりの衝撃になんと言っていいのか言葉がでない状態です。パレスチナ問題に関心がなく、どこかで自爆テロがあっても酷いことをするなあとは思っても、それだけのことでしかなかったわたしです。なぜ多くの善良な市民を道連れにして自爆していくのか。それこそ小さい子供から普通に日常生活を送っている大人までをも巻き込んで、というよりそれを狙ってテロを行う意味。それにどんな意味があるのか。現場のすさまじい惨状を知っているだろうに、敢えてそれを実行するテロリストに一体どんな思いがあるのか。
 主人公アーミン・ジャアファリは、イスラエルの都市テルアビフに住むエリート外科医。アラブ系遊牧民出身ということでイスラエルの人々から差別を受けているとはいえ、高級住宅街に住み、愛する妻シヘムとともに幸せな生活を送っていた。そんな彼が一夜にして何もかも失う事件が起きる。病院の近くで爆破テロがあり、死亡が19名。うち11人は小学生だった。標的にされたのは同級生の誕生日を祝っていたファーストフード店。泣き声と怒号が病院全体に響き渡っているなか、折れ曲がってずたずたになっている者やべろりと皮がめくれている者の切断手術をしてふらふらになって家に戻ってくると、夜中に警察に呼び出される。刑事は「テロの首謀者はあなたの妻だ」と。妻のシヘムは妊婦をよそおって腹に爆弾を巻き、自爆したというのだ。
 自身もテロに関与していたのではないかと疑いをかけられ、三日三晩拘束されぼろぼろの状態で自宅に帰ってきて思うのは、自分からすべてを奪った妻を恨むのではなく、なぜあの美しくて優しいシヘムがそんなことをしたのかということ。うまくイスラエル帰化し、何不自由なく幸せに暮らしていたと思っていたのは錯覚だったのか。自分は彼女からのサインを見逃していたのではないのかと、逆に自分を責め、彼女をそこまでも駆り立てていったのは何だったのかと、真実を求めて危険なパレスチナ自地区に潜り込んでいく。そして我々は、同じ西側にいる主人公の目を通して、この地に存在する根深い社会問題を、彼と一緒になって考えていくことになる。
 結論を言えば、本書を読んでますます分からなくなったというのが正直な気持ちです。平和ボケした日本に生まれ育った自分がいかに無知だったか思い知らされても、パレスチナの人々の底知れぬ絶望感とか閉塞感とか虚無感とかは、やはりどんなに言葉をつくしてくれても理解できないということです。
 叙情的すぎず、淡々と語る静謐な文体がとにかく素晴らしい。訳者の巧さもあるが、これほど胸にしみこんでくる文章もそうそうないのではないでしょうか。いずれノーベル文学賞も獲るはずです。
 お薦めします。