赤朽葉家の伝説/桜庭一樹

赤朽葉家の伝説赤朽葉家の伝説
桜庭 一樹

東京創元社 2006-12-28


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★★★★★
 傑作。
 昭和28年。西暦でいうところの1953年。赤朽葉万葉、10歳の夏から物語は始まる。たたらの頃より製鉄業が盛んで、神話と不思議の国でもあった、出雲の国、島根県とその隣の鳥取。ここを舞台にして旧家に生きる三代の女たちの姿が、「昭和」を知らない、若い世代の赤朽葉瞳子を通して力強く語られてゆく。
 すでに太平洋戦争が歴史と化し、学生紛争やオイルショックを経験していない世代がいる。あるいは日本の反映を象徴する東京オリンピックや新幹線の開通を見ていない世代がいる。日本を震撼とさせたロッキード事件を記憶していない世代もいるだろうし、つい最近のバブル景気さえ知らない世代もいるだろう。そんな様々な世代の人たちが、若い世代に絶大な人気のある、若い作家である桜庭一樹の作品を読むのである。これに殊の外、意義を感じる。胸に去来するものはそれぞれ違うであろうが、女三代の年代記を、歴史を俯瞰しながら読み進めていく楽しさは、想像以上に豊かで大きいことは確かである。そうして辿り着いた第三部の瞳子自身の話。一息ついたかと思えば、驚くことに、この濃密で鮮烈な物語がミステリ展開していくのである。その勢いは、それまでの出来事を丸め込んで一気に切なさを増してゆくのであった。
 第一部は祖母・万葉の話。“辺境の人”に置き忘れた幼子が、村の若夫婦に引き取られ、そして製鉄所を営む大奥様のタツに望まれて赤朽葉家に嫁ぎ、“千里眼奥様”として仕切っていくまでを描く。読み書きができないという万葉だったが、赤朽葉の人たちが疎まずに受け入れてくれ、千里眼で見た未来を役立て、赤朽葉家になくてはならない人になっていく話は、なんとも言えず胸にくるものがあり、とにかく読み応えがあった。この地に伝わるおやつ、“ぶくぷく茶”。実際にあるのか知らないが、ちょくちょく登場してくるこのお茶がこの物語に彩りを与えてくれて、ついつい話が弾んでいくのは、とにかく楽しかった。
 第二部は母・毛毬の話。暴走族レディースの頭として、「ぱらりらぱらりら」と爆音も小気味良く、敵を蹴散らかした青春。その後、売れっ子漫画家になって急逝した突拍子もない人生。12年以上も連載したヒット作であり、毛毬自身の青春時代を描いた『あいあん天使!』。これを読んだとき、すぐに高口里純の『花のあすか組!』を思い浮かべたのはわたしだけであろうか。とくに若い方たちは、赤朽葉毛毬の豪胆で達観したキャラクター性に惚れ込んだのではないだろうか。その親友である穂積蝶子の生き様も、これまた鮮烈で異彩を放っていた。
 第三部は語り手である、何者でもない瞳子自身の話。派手な事件や特別な出来事があるわけではない。だが、昭和を知らない乾いた世代が、かつての活気と熱気に触れ、侠気に富んだ人を見るにつれ、何を考え感じたのかは、興味は尽きない。そして、ずっしりとした物語は、瞳子の言葉で爽やかに終幕を迎える。「ようこそ、ビューティフルワールドへ。」
 お薦め。