東京島/桐野夏生

東京島

東京島

  ★★★★★
 無人島に漂着した31人の男と1人の女は、いったいどんな生活を送っていたのか。それを読むのは死ぬほど面白かった。こんなに面白いものがあるのかと、生きてて良かったと本気で思った。
 文明生活を享受し、それをまったく有り難みもなく疑問にも思わない自分自身を振り返るとき、蛇を素手で捕まえぶんぶん振り回しながら皮を裂き、奇妙な色をした巨大トカゲが美味だと追い回し、蟻を食べ、ジャングルの中でダニや虫に刺されながら裸で走り回り、風呂にも入ることなく垢が皮膚を覆い、挙句の果てに黴菌にやられて目が潰れ、食中毒で死んでいくような生活を5年以上も続けた彼らの、生への執着には圧倒されてしまった。
 人間の欲とはこれほどのものなのか。物に溢れいるときにはわからないものが、極限状態に置かれると、途端にその姿を剥き出しにしてくる。それは性欲であり食欲である。生きのびて島から脱出できるのかどうかの極限状態にあるのだ。あれは出来るがこれは出来ないなどと考えていたのでは、死んでいくしかないのである。いやしかし、果たして自分も同じように出来るのかと自問自答してみても、島でただ1人の女である清子には到底かなわないのだった。清子の、女を武器に男と渡り合っていく度胸と厚かましさには、ほとほと感心するしかなかった。
 漂流して5年経った今、清子は46歳になっていた。夫を決める籤引きが今年もある。誰よりも太っていたし、年取っていたが、いつだってどこだって清子は主役だった。男は清子の機嫌をとり、奪い合い、果ては殺し合いまでした。
 この小説は、無人島のサバイバル生活を読むのではない。なぜなら、まるでリアリティーがないからである。設定は荒唐無稽だし信憑性は皆無だし、妄想の域を脱してないのだ。言ってみれば、ファンタジーなのである。しかもラストの軽さは如何ともしがたい。纏まりすぎてあっさりしすぎているせいか、ちょっと拍子抜けなのである。しかし桐野がそんなことに重きを置いてないのは確かである。要は、閉ざされた世界で人間はどう生きるのかということだ。
 大勢いた男達はストーカーのような奴や発狂する者、一人ひとりのエピソードはやじ馬的興味はあるが、ろくな男しかいない。そんな中で、たった1人の女であった清子のすごさである。彼女の、いかにして生き延びていこうとするのか、その強かさと計算高さである。もちろん女の嫌な面がとことん出ているのだが、命を繋いでいくという、その行動力と本能の前には平伏すしかないのだった。
 お薦め。