ダンシング・ヴァニティ/筒井康隆

ダンシング・ヴァニティ

ダンシング・ヴァニティ

  ★★★★☆
 『富豪刑事』でグッバイして以来、およそ25年ぶりに筒井康隆を読んだ。その間どのように進化したか知れないのだが、やはり筒井康隆はぶっ飛んでいて面白かった。
 この『ダンシング・ヴァニティ』は、同じ記述が、一部を変えて何度も繰り返されて、少しずつ変調しながら話が進んでいく。そのため、何度も同じ場面を読むことになるのだが、自分は果たしてそれをすでに知っていることなのか、あるいは初めて読むことなのか、ときどき判らなくなる。めくるめくカオスっぷりは健在であり、どこへ連れて行かれるのか予想できない危うさを秘めている。ところが、このカオスが癖になり、気がついたときには、否応がなしに筒井ワールドにどっぷりと嵌ってしまっているのだった。
 主人公は、自分のことを気難しい美術評論家だという。読んでいる方としては、怒鳴ったり殴ったりしていても、まるでコメディとしか思えないのだが。その主人公だが、ベストセラーを出したと思ったら、戦争に行く羽目になって「匍匐前進」と指揮したり、「地雷原突破」と叫んで蟹のように足をがに股に開き、地雷原を避けて右に左に跳びはねてみたりと、こんな可笑しな己の人生を繰り返し語っていく。だが、あまりにも奇天烈なため、果たしてこれが本当に現実にあったことなのか、それとも夢のなかの出来事なのか、読者はあやふやな気持ちに陥る。ただ、人は歳をとるごとに昔のことを夢にみるのは確かであろうから、こんなことも一概に嘘だとは言えないと思う。そんなふうに、己の一生を考えながら、この小説自体が回想の体裁をとってゆく。すべてのことが次第にあやふやなものになってゆき、そして結末は、読むものを感動させるのだった。
 蛇足だが、なんというか、歳をとるというのは、やはり気弱になってしまうのかな、と思って、ちょっと寂しかった。