名前探しの放課後/辻村深月

名前探しの放課後(上)

名前探しの放課後(上)

名前探しの放課後(下)

名前探しの放課後(下)

  ★★★★★
 やはり辻村の学園モノは面白い。大好きだ。どれくらい好きかというと、仕事からとっとと帰ってきてご飯なんて食べないで読んでいたいと思うほど好きだ。
 物語は、ある日、主人公の男子高校生が、突然それに気がついたことから始まる。撤去されたはずの『PUB 秘密の花園』の看板がジャスコにあるということに。頭の中に鋭い痛みが走り、胸に微かな違和感が生まれた。どうやら自分は三ヶ月前にタイムスリップしたようだと。何故自分が選ばれたのかはわからないが、自殺したクラスメートを救うためらしい。自殺者の性別も名前もわからなかったが、決断は早かった。親友に協力を求め、女生徒らにもお願いし、また全国模試ランキングに載る生徒まで雇って、なんとしてでも探し出し、タイムリミットのクリスマスイヴまで説得を試みようと奮闘する。
 辻村は過去作品の登場人物とリンクさせていることが多い。なぜそんなしち面倒臭いことをするのか分からないのだが、毎回やり込められているわたしは、よっぽどノートに名前を書き出して整理しておこうと決意したほどだ。それくらい肝心な出来事に以前の人物が係わってくるのだから始末に負えない。じつは今回もリンクされていた。しかも物語の大もとのところでやられていたのには参った。正直に言えば、これは反則だと思うし、初読み読者には不親切としか言いようがない。といっても、読んでいる最中はちっとも気づかないでいるのだからお目出度いとしか言いようがないのだが。しかも過去作の内容もすでに忘却の彼方にあるのだから、いっそ開き直るしかないというものだ。そんなわけで、辻村作品をすべて読んでいるにもかかわらず、真っ白い気持ちで読んでみたわたしだった。ま、単に頭を使うのが面倒だったからと言えるのだが。
 しかし、それが正解だったようである。
 早い段階から偶然に自殺者と思われる人物がわかるのだが、どうやらいじめを受けているらしいと。金をむしり取られ、殴られて蹴られて、体育館に閉じ込められる。この男子生徒、ムカつくほど嫌な態度をとるし、物言いはいちいち頭にくることばかり。実際、これではいじめにあうのも仕方がないとも思う。だが皆、忍耐強く接していく。主人公は水泳を教え、綺麗なフォームで泳いでいじめっ子を見返させようとするし、また他の彼らもそんな主人公を助け、一緒にご飯を食べたり、勉強をしたりする。ここまでしてあげるのだからその男子生徒が徐々に心を開いていくのも当然であろう。
 さて、こんな風に大半のページを割いて高校生の青春がつらつらと語られていく。名前トリックとか、過去作品とのリンクとか、登場人物のリンクとか、SF的展開とか、そんなことは一切考えないで、遠く過ぎ去った高校時代を懐かしむ気持ちと一緒に読んでいった。この主人公はいい子だとか。この女生徒は可愛くなくてムカつくとか。主人公の親友はなんで「くん」とか「ちゃん」を付けるのだろうかとか。いじめっ子には心底ムカムカするし。全体の絵を描いた生徒会長志願の彼はさすが全国模試の常連だけあるよなあ、とか。読んでいてこれほど楽しいことはなかった。
 そしてあるページが目に入ったのである。途端に、一瞬にして涙がこぼれ落ちてしまった。反転なのである。これ以上はネタバレになるので書けないが、ものの見事にやられてしまった。学園モノでうるうるしながら読んできたが、これはないと思った。うるうるどころではないのである。滂沱である。ただしエピローグは完全に蛇足。その前の病院のシーンも、これはいただけない。いやほんと、他作品をすっかり忘れていたからこの感動があったのだと自画自賛した。ということで、リンクはほどほどに。
 お薦め。