ホームシックシアター/春口裕子

ホームシックシアター

ホームシックシアター

 ★★★★★
 初めて読む作家である。なぜ読んだかというと、表題作が日本推理作家協会賞候補(第60回・短編部門)の最終候補作になったことを知っていたからでは、もちろんない(こういうのはほとんど興味がない)。滅多にないことであるが、なぜかアフィリエイトを踏んでくれてお買い上げくださった方がいたからである。こんなことがあると嬉しくなって、どれどれと読みたくなるのが人情である。で、これが当たりだった。
 「蝉しぐれの夜に」「ホームシックシアター」「オーバーフロー」「セルフィッシュ」「小指の代償」「おさななじみ」の六編が収録されている。
 読後にタイトルを見てもちっとも内容を思い出せないような無味乾燥なタイトルとは相反して、内容のほうは女性たちの嫌らしさや剥き出しにされた怖さに、これは拾い物だ、とにんまりしてしまった。
 一雨きそうな夏、不妊治療に通っている小夜子は、暑中見舞いのハガキを受け取る。写真が誰であるのかは、「蝉しぐれの夜に」判る。ミステリー的巧さもあって、ぞくぞくするほど面白い。この先をもっと読みたかった。
 自分のことしか考えない人はどこにでもいるが、次の表題作になった「ホームシックシアター」の私も手前勝手な行動をする人物だった。隣の部屋に引っ越してきた女性に興味をもち、いきなり部屋に招き入れて蟹鍋を振舞うという神経も分からないが、そもそも隣の部屋が殺人のあった部屋だとわざわざ教えたいというだから相当なものである。さて部屋に遊びにきた隣の女性だが、部屋にある立派な「ホームシックシアター」を見て興味を持つ。なぜか。
 デパートの靴売り場で働く私は、もういい加減こんな職場からはおさらばしたいと願っている。そうであれば、希望はやはり結婚だ。すでに気持ちは一杯一杯である。水が溢れるように「オーバーフロー」が起こってしまっても仕方がないだろう。途中でオチが読めてしまうが、臭いにむせ返るような描写が良い。
 自分本位の「セルフィッシュ」な女。誰のなかにもそういう思いはあるだろう。しかし利己的な言動は、やはり自分に返ってくるということか。後悔先に立たずとは、彼女のことであった。
 結婚式を間近に控えたカップルは幸せの真っ只中だろう。浮かれていたわけではないが、友達と一緒に行ったスキー場で事故が起きる。「小指の代償」とはなにか。気持ちはわかるが、やはり自分勝手としか思えない人物がいた。
 最後の「おさななじみ」で今までの嫌らしさが氷解するようである。ほっと一息がつけるのは、やはり良い。学生時代、仮病を使ってまで保健室で勉強する。こんな気持ちは分からないが、自分には偏差値しかないと思う気持ちは理解できる。その彼女が母親になったときの気持ちにしみじみとした安堵を覚えてしまった。
 お薦め。