楽園/宮部みゆき


楽園 上
宮部みゆき

文藝春秋 2007-08-10


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楽園 下

宮部みゆき

文藝春秋 2007-08-10


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 ★★★★★
 やはり、宮部みゆきは「すごい」「面白い」、と思った。それほど今回の作品は、わたしにとっては考えさせられる作品であり、衝撃的な作品であった。文字通り、寝食を忘れて読んだのである。最近の生ぬるい作品から想像できないほど、人物造形が卓抜だったというのがその理由である。
 ものすごい作品ではあったが、嫌な気分にしてくれた、あの『模倣犯』から9年経った話である。要は、あれほどの事件に関わったというのに何一つとして著作を出していなかったルポライターの前畑滋子が、『模倣犯』の呪縛から解かれるために必要な事件の話だと思えばよい。といっても前畑滋子自身の話ではない。これは親と子の物語である。
 萩谷敏子という、この物語で一番愛らしい、滋子に調査を依頼してくるオバちゃんが出てくるが、彼女がその一人である。自分の亡くなった息子が不思議な能力(サイコメトリー)を持っていたのではないかというスケッチブックの話から始まり、両親によって殺害され床下で眠る少女を描いた絵や『模倣犯』の山荘の絵の話に進展していき、なぜ息子はこの絵を描くことができたかという話になっていく。だから読者は、この謎を追っていく前畑滋子の派手な話に誤魔化されるかもしれない。だがこれは、紛れもなく親と子の話であり、家族の在り方を自覚させる話であり、最終的には人としての在り方を問う物語であると確信している。
 だけどそれは、やはり『模倣犯』で打ちのめされた前畑滋子がいたからこそできたことである。すっかり忘れていたと思っていたあのおぞましい事件を、宮部は前畑滋子という第三者を通して読者に鮮明に思い起こさせ、亡霊のようにでてくるピースという極悪人と今回の事件の当事者を比較させることによって、「では、どうすれば良かった」という問いかけをしているのである。
 わたしはとにかく全編に流れているテーマが気になって仕方がなかった。それは、子供が“ろくでなし”になったら親としてはどうすればよいのか、ということ。これは子育てを経験したことがある人なら多かれ少なかれ気に病むことではないだろうか。世間様に迷惑をかけないこと。人を傷つけないこと。そういうふうに願って子供を育てていくのは世の常である。実際、自分の子供が“ろくでなし”“犯罪者”とまではならないとしても、親の思うようにはならないということは往々にしてあるのだ。そういうとき親はどうするのか。諦めるのか。諦めて、なるべく係わり合いを持たないようにしていくのか。それとも、いよいよどうしようもないと思えば切り捨ててしまうのであろうか。
 宮部はこの難しい問いかけに対して、最後まで誠実に向き合って書き込んでくれていた。だからこの作品は読み応えがあるのであり、わたしはそれを評価したい。
 お薦め。

 蛇足になるのですが、「続きを読む」に少しネタバレでちょっと書いておきます。

 本書の中で、茜という美少女が出てきます。両親に殺され床下に16年間も埋められていた少女です。彼女は確かに“ろくでなし”でした。まだ中学三年だというのに学校にはいかない。制服は気崩して夜の街を徘徊し、喝上げ異性不純交遊は当たり前、挙句の果てに、暴走族のリーダーとくっついて犯罪に手を染める。読んでいて、なんで両親に愛されている少女がこんなふうになっていかないといけないのだろうと、胸がつぶれるほど可哀想になるし、情けなくもなってきました。両親の心労を思うと他人事ではなくなってくるのです。そして、この両親が思い余って娘を「殺す」ことは、恐ろしいことですが、「ああ、これはもうしようがないな」と納得までするのです。可愛くて、可愛くて、仕方がない娘を「殺す」。この部分をずっとずっと最後まで引きずっていくのです。だからこの作品は「面白い」し、「すごい」と思うのです。
 まただからこそ、オバちゃんの息子が『模倣犯』の関係者とどこであったのか判らないままだったとか、茜の20万円の使い道が書いてなかったとか、謎が多いまで終わっていたことに関しては、どうでもいいことなのだと思うのです。少々もやもやした気持ちが残ったのは正直なところですが、そもそも宮部氏はミステリーとしてこの小説を書いているわけではないでしょうから全部が全部明らかにする必要はないということなのでしょう。
 それから人物造形が素晴らしかったと言いましたが、とくにオバちゃんである53歳の萩谷敏子の描写が秀逸でした。嫌な人物が出てくるなかでホッと心温まる存在でした。この彼女が1952年生まれなのに、中卒であったことが衝撃的でした。当時はもう戦後ではなくなっていて、わたしの周りでも中卒で働くということは考えられないことでした。それを宮部氏は違和感なくしっくりと書いていってるのに驚いたわけです。この辺りもどきどきして読めました。こういう魅力的な人物が多くいるなかで、ライターである前畑滋子が心情を吐露していくのですから、この作品が面白くないはずはないのです。久しぶりに何度も読み返したい作品に出会いました。