柔らかな頬/桐野夏生

柔らかな頬〈上〉 (文春文庫)
柔らかな頬〈上〉 (文春文庫)
桐野夏生

文藝春秋 2004-12

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柔らかな頬〈下〉 (文春文庫)
柔らかな頬〈下〉 (文春文庫)
桐野夏生

文藝春秋 2004-12

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 ★★★★★
 傑作。
 直木賞受賞作品。
 不義密通をはたらいている男と女がいる。男は、仕事上の得意先であり家族同士でも親しく付き合っている。その男に、北海道の別荘に家族で招かれた。女は子供を捨ててもいいと思った。情事をした翌朝、5歳の娘が失踪した。これは母親への罰なのか。女は一人で探し続ける。しかし4年の月日が経っても、娘の行方は知れない。そのとき、余命一年だとガン宣告を受けた元刑事が捜査をしたいと申し出てきた。34歳。死がそこまできている男は、白昼夢を見る。男は果たして間に合うのだろうか。想像力は真実に到達できたのか。
 すごい小説だった。どこを読んでも気持ちが昂ぶり、目が離せないのである。感動した、なんて薄っぺらい言葉で言えないほど濃密で強烈な小説だった。 
 幼児誘拐事件といっても、これはミステリー小説ではない。だから犯人が誰であるのかなんてどうでもいいことである。大切なことはただ一つ。母親にとって、ある日突然子供がいなくなるということは、どういうことなのかということである。もちろん悲しいだろう。だが、それだけではなくて、これからどう生きていけばいいのかということ。それを彼女と共に考えていくのである。だから母親の心理だけを追うのではなく、彼女に関わる周りの人間を書いていくことで、誰でもが自分の中に巣食っているだろう魔をあぶり出し、読者までをも引きずり込んでゆくのである。そして桐野は人物を徹底的に書き込むことによって、胡散臭くても魅力的な人物を作り出し、その人物を通して読者に問いかけをし虜にしてゆくのだった。この人物こそが末期ガン患者の内海であり、その描写に桐野のすごさがある。
 わたしは犯人は誰であるのかどうでもいいと言ったし、もちろん桐野もきちんと書いているわけではない。が、わたしは内海の最期の想像が真実だと思っている。ただ残念ながら母親にはそれが伝わらないのである。だけど母親は犯人が誰であるかなんてきっとどうでもいいことだと思う。わが子が帰ってきてくれさえすればいいのであるから。