メタボラ/桐野夏生

メタボラ
メタボラ
桐野夏生

朝日新聞社 2007-05-08

asin:4022502797

Amazonで詳しく見る

楽天で詳しく見る

bk1で詳しく見る


★★★★★
 秀作である。
 2006年に朝日新聞の朝刊に連載されていた作品だった。友人からとにかく面白いから読んだほうが良いと勧められていたが、桐野作品は一気に読んだほうが心の痛手が少なくて済むと思い我慢した。イラストが素晴らしかったので読みたいとは思っていたのだが。さて我慢した甲斐があったのかなかったのか、読んでいる最中の面白さは半端ではなかった。沖縄を舞台にこれほど読み応えがある小説も久しぶりだった。とにかく目が離せないのである。600ページのボリューム、一筋縄ではいかないことはわかっていたが、今時の問題をここまでぎゅうぎゅうに詰め込んでいるとは思わなかった。愛と希望と絶望を軸に、ドメスティック・バイオレンス、ネグレクト、フリーター、バックパッカー集団自殺等、あるいは、必死に生きようとしているのに希望のない、一番下の下で働き、急に仕事がなくなったって文句を言えない立場にいる、いわば社会の弱者について描いていくのである。ニートという存在も考えさせられるのだが、請負労働、とくにワーキング・プア問題については、なるほど人はこうして貧困になっていくのかと切実なものを感じた。
 冒頭、いきなり引きつけられるのである。真夜中、やんばるのジャングルを彷徨ってひたすら走っている〈僕〉がいる。「悪夢なら早く覚めてくれ…シダを掻き分け、苔で足を滑らせ、老木の幹を掴んでは、無用に樹皮を剥がす。…気が狂いそうになるほど怖いのに、あらゆるものに行く手を阻まれた〈僕〉は、脱出を賭けて、ひたすらもがいていた。」
 このジャングルでの描写の素晴らしさには感服してしまう。〈僕〉が何者なのか分からないし、何から逃げているのか分からないのだが、いつまでもいつまでも〈僕〉に絡み付いている恐怖にゾッとして、これから始まる物語にいやがうえにも期待が高まってゆく。このとき、無一文の〈僕〉は“独立塾”を脱走してきた若者と暗い山中で出会い、お互いに自覚しあいながら共鳴するように物語は進んで行くのである。この物語は、この二人の若者を中心に〈メタボラ〉する、新しい自分が古い自分に取って代わっていく話である。
 二人がどんな生活をしていくのか書いてしまうと、折角の話が興ざめしてしまうだろう。なので、あまり予備知識を入れないで読んでほしい。出会って、別れて、自分探しの旅に出るという長い話である。正直に言えば、途中、どこかで読んだ話もあったりして退屈なところがあったりする。ここまで引っ張ることはないのではないだろうと思う部分もある。また放りっぱなしのようなラストも気になる。が、そんなことを捻じ伏せて読ませてきた桐野の想いには感動すら覚えるのだった。ラストの唐突さには、賛否両論があるだろう。はっきりと書いてないのだから仕方がない。だが、このラストシーンが好きだし、感動してじんときたのも本当だ。これこそが文学ではないだろうか。
 お薦め。