大きな熊が来る前に、おやすみ。
島本理生
新潮社 2007-03-30
asin:4103020318
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★★★★★
作者と同世代の話。うーん、とにかく文章が巧い。そして面白い。島本のこの世代の心情の描き方は舌を巻くしかない。
若い女性の心情を読むのは、過ぎ去った日の懐かしいあれこれを思い出させてくれるので読んでいて掛け値なしに楽しい。たとえそれが共感できなかったり、歯がゆくてイライラすることはあっても。
「大きな熊が来る前に、おやすみ。」は、知り合ってすぐに同棲を始めたカップルの話。父親の暴力に怯えて育った主人公が選んだ男は、なぜか亡き父親と同じように暴力を振るう男だった。お互いの存在がトラウマを刺激するのに離れられない二人。そんな恋人との関係を父親とダブらせながら描いていく。この屈折した気持ちがなんともぞわぞわと心を揺さぶられて、ついつい自分に置き換えて考え込んでしまう。まだ半年しかたってないのに、それでほんとに楽しいの? と思わず問いかけたくなるような日常。暴力を振われたりと、けっして手放しで幸せといえないのにどうして別れないのだろうかと。過去の父親の振る舞いに対する恐怖を乗り越えようとする主人公。ほんとに好きなの、という自問自答する危うさと、だけどちょっとした幸せが微妙なバランスで成り立っている話。澄んだ文体と繊細な空気の流れが感じられる秀作。
この作品で芥川賞を落選とは……。
「クロコダイルの午睡」は、どこまでもすれ違う二人の遣り取りが面白い。一見、ほのぼのとした関係でありながら、やっぱりね、という毒が盛り込まれているのがお見事。とことん嫌な男を描くのは、ほんとに巧い。
「猫と君のとなり」 は、緩やかな幸せを描いた話。ちゃんとハッピーエンドで終わっていたので驚いてしまったのだが、途中の不安定な気持ちの揺れ具合がなんともいえない。
お薦め。