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三本の中編「20年後の私へ」「たとえ真実を知っても彼は」「ダーウィンの法則」と、書き下ろし長編作品である「どれくらいの愛情」が入って、非常に読み応えがある作品集。
白石一文は、最近とくにお気に入りの作家である。緻密な構成と、すっと心の中に入り込むように流れるような繊細な文体が肌に合うといえばいいのか、心理描写に酔ってしまうことが多い。背景のほうも相変わらず、白石特有の美男美女、高収入、離婚、不倫、裏切りのオンパレードで、考えることには事欠かない。すべて著者の故郷、福岡を舞台に繰り広げられており、心の奥深さを丹念に描いてくれていた。表題作の「どれくらいの愛情」は博多弁で書かれてあるので、また違ったしみじみさがあり、実に素晴らしい作品として心に残ったのである。
とにかく、こういう贅沢な恋愛小説を読んでいると、物語から多くの言葉をもらうのは常であるし、ついつい浸ってしまうのも当然であろう。自分自身について考えたり、要は、自分の人生を振り返えつつ、本物の愛情とはなんであるのかといったようなことをつらつらと、だけど真剣に考えるのであるが。そして、そんな目に見えないものについて考えたりするのは、思いのほか心躍ることであり、言ってみれば、読書をしながらこんなことを自問自答して読んでいくというのは、実に贅沢で、たいそう幸せなことだということである。
著者もあとがきで語っているのだが、5編の作品を通して描きたかったのは、「目に見えないものの確かさ」だという。またそれの対として、「自分とは何者なのか」ということを、この作品を通して何度も考えることになるのだが、愛情の深さとか恋心とか、そういう目に見えないものをぼんやり考えていると、その人の生きる姿勢とか、もちろん男女の違いなんかも見えてきて、なるほどなあ、と妙に感心したり納得したりして至福の時を過ごすのである。どの作品も一様に素晴らしいのだが、その中でもわたしがとくに好きだったのが、最初作品である「20年後の私へ」だった。
39歳になった離婚経験者の女性が、仕事や恋に迷ったときに、20歳のときに短大の授業で書いた、「20年後の私さんへ」という手紙を受け取るという話。この20歳の女の子が書いたという手紙が、まさに20歳の女の子が書いたようであり、これが実に素晴らしかった。もう泣けて泣けてしかたがなかった。作家というのはさすがにすごいな、などと当たり前のことを思いながら読んだのである。
仕事や恋に迷うというのは、男性並みに仕事をこなしていても、39歳という年齢ではしかたがないことなのかもしれない。親にせっつかれながらしぶしぶ見合いをして、思うのは外観や年収であり、自分を幸せにしてくるかどうかなのだ。ついついこういう目に見えるものにとらわれがちだが、本物の愛情とは、目に見えないところにあって、それに気づいていく主人公の心の軌跡に、ただただ揺さぶられてゆくのだった。
この作品で直木賞を獲れればと思います。
お薦め。
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