失われた町/三崎亜記

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★★★★★
 「となり町戦争」のときは、ズレまくったわけわからん小説を書くなと言い、「バスジャック」では、なあんだ突拍子もない面白い作品も書けるんじゃないの、とエラソーに言ってきたあたくしだったが、今回のこの町シリーズ*1にはやられた。この優しさ溢れる不条理な世界に完膚なきまで打ちのめされて、そして泣いた。凄い。傑作だ。
 ある日忽然と町が消える。
 それは今夜、自分の住んでいる町が、自分の存在が、家族や友人たちと一緒に一瞬にして消えてしまうこと。だが住民はこのことを知っていながら、普段どおりの日常をこなすしかないという。他の誰かに伝えたくとも、なんとしても阻止したいと思っても、「町」の意思に阻まれ、誰にもどうすることも出来ない。
 町の消滅。それは、およそ30年ごとに意識を持った「町」によって引き起こされる。この事態に、「消滅管理局」は長い年月にわたって消滅後の汚染を食い止めるべく、町のすべての地名、住民の痕跡を残さないように手紙や領収書、アルバム等の物品を処分し、生きてきた痕跡をことごとく抹殺するのである。そして残された者は、感染予防のため悲しむことさえ禁止され、管理され、またある人は疫病の保菌者を見るかのような視線にさらされ、差別されていくのであった。
 ファンタジックであり、およそSFと言ってもいい小説である。だがしかし、そう言い切ってしまうには、あまりにも現実世界に繋がっており、安易にフィクションだからと切り捨てられない切実さがある。それは例えば、9・11テロのように一瞬にして建物ごと失われてしまうことであり、災害でも戦争でも同じように町だけが残って人々が消えてしまうという状況を思い起こさせるからだ。
 町の消滅というのは有り得ないことだとは決して言えない。もしかしたら、自分の隣でこういうことが起こるのかもしれないのである。確かに、本文に使われている造語は難しかったり、違和感があって馴染めなかったりするのだが、それを上回る圧倒的な文章力と、突然の死は誰にでもあり得るという強い想いでねじ伏せてしまっているのである。
 人がいなくなるというのは、確かに哀しい。だが、ただ哀しいと言うだけではなく、失われた人が生きた意味を問い掛けてくれ、またその想いの優しさに触れさせてくれるのである。そして残された者は、言いようのない怒りや憤りをバネに「町」に立ち向かう決意をするのである。どの登場人物も、それがどんなに困難で辛い道であっても、強靭な精神力でやり遂げるのである。ときにはユーモラスに、ときには笑顔を持って。だから、わたしたちはそこに強さを見出し、優しさを感じることができるのである。
 登場人物それぞれにドラマがあり、別の人と関わり、その人の人生に影響を与え、連鎖的に繋がっていく様子は、なんというか、面白い。各章のエピソードが繋がっていって、最後に一本の線になったときは、もう泣いていた。
 「失われた町」というなんでもない言葉が、だんだんと意味のある言葉となり、心に重くのしかかってくる。そしてついには、このフレーズを聞くと、なにやら物悲しく寂しい気持ちになるのだった。本を閉じる前に冒頭の「プロローグ、そしてエピローグ」を何度も読み返すまでに。それほどまでに、この物語は優しい。
 お薦め。

*1:果たして、本当に町シリーズというのか知らないが。