星と半月の海/川端裕人

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★★★★★
 これは素晴らしい。
 ペンギンとかサメとかパンダとか、果てはティラノサウルスまで、動物をテーマにした短編集。とはいっても、どこか滑稽で馴染みのない奴らばかりなんで、なんとも言えない、味わいのある動物小説だった。
 これがめっぽう面白い。読んでる最中、何度「面白い」とつぶやいたことだろう。表紙がそのテイストを表してくれているが、まさにこういうびっくり箱のような、それでいて丹念な取材と真摯な思索に裏打ちされた、学術的な趣のある作品集だった。
 最初の「みっともないけど本物のペンギン」は、動物園の飼育係である主人公が自分の飼育しているペンギン達の「堕落」ぶりに心底嘆くところから始まる。しんみりとわくわくした話。餌をおねだりする姿は確かに「かわいい」ようだが、野生動物のペンギンがそんなことでいいのかと。そんなときピンボケの写真に写っている、およそペンギンとは思えない物体が、もしかして絶滅したはずのペンギンではないかと思う。本物の野生ペンギンに会いたくて、日本にいないはずの謎のペンギンを追いかけてゆく。
 果たして主人公は、生きて出会うことができたのであろうか。先を急ぐわくわくした気持ちは、まさに以前に読んだ『銀河のワールドカップ』の高揚感に似ていた。
 次の表題作の「星と半月の海」は、これまた打って変わって、詩を読んでいるような、文章が色づいていくように魅力的であった。舞台は西オーストラリアの海。オーストラリアの研究者と日本人獣医がチームを組んでジンベエザメの回遊の秘密に迫っていく話。主人公の女性獣医がジンベエザメに寄り添って泳ぐ姿が、なんだか物悲しくて、どきどきしながら読んだ。娘の美月との親子関係にもはらはらと。きっと、大人しくて臆病で、環境に弱いジンベエザメを心の中で応援していたからだろう。
 「ティラノサウルスの名前」には、古生物学者とその息子の恐竜少年がでてくる。恐竜展の会場に現れた謎の「恐竜ファン」が「ティラノサウルス」という名前を脅かすのだが、結局この男は誰? ま、こんなことより、やはり子供の描き方が巧い。『竜とわれらの時代』をちらちら思い出して非常に楽しかった。
 あとは「世界樹の上から」「パンダが街にやってくる」「墓の中に生きている」と続く。先に出てきた人物達がまた登場して楽しませてくれる。
 どの作品も違った雰囲気があって、今までにないテイストで楽しませてもらった。一度読み出したら止まらない。最後まで夢中で読ませてもらった。やはり、表紙カバーで購入決定したのは正解だったようだ。飾っておくのも良し、何度も読み返したい動物小説である。
 広くお薦めしたい。