名もなき毒/宮部みゆき

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★★★★★
 「誰か」に登場した杉村三郎シリーズ。
 財閥企業の社員である杉村は、じつは企業会長の娘婿という立場。しかし、会社の経営に関わらないことを条件に結婚した杉村なので、社内報の編集という閑職に身を置いている。一人娘の桃子もできて幸せに暮らしている杉村だったが、逆玉の輿というのはやはり大変なようで、いちいち妻の顔色をうかがっては義父の顔を思い浮かべて、頭を悩ませているという按配。その、少々頼りなくはあっても謙虚に慎ましく過ごしている杉村であるが、例によって事件に巻き込まれていろいろな「毒」に関わっていくのである。
 タイトルに「毒」がついているように、今回はさまざまな毒が盛り込まれている。青酸カリ連続殺人事件を背景に、シックハウス症候群や土壌汚染まで取り上げ、これに人の悪意や妬みが絡んできて、話はいよいよ複雑になっていく。杉村も大忙しである。シックハウスの取材をしていたかと思ったら、青酸カリ入りウーロン茶事件で祖父を亡くした女子高生に会うことになったり、そうかと思えば、トラブルメーカー女に付きまとわれて、しょうもないことに頭を悩ませなくてはならなかったりと、次から次に問題がでてくる。いったいこの話のどこに伏線があり、どこでどう繋がっていくのかと思いながらも、一つ一つの話が非常に読み応えがあるため、いつになく読み耽ってしまった。
 といって、ミステリとしての面白さはどうかというと、実はそれほどでもなかったのである。しかし人物造形に深みがあり、これが今回の小説の嬉しい誤算であり面白さであった。非常に愉しませてもらった。前回、あまりの緊張感のなさとぬるま湯的な展開に、二度と宮部は読まないだろうと思ったものだが、じっくりと読ませるエピソードといい心理描写の素晴らしさには、思わず唸ってしまった。とくに、元同僚で編集者であったトラブルメーカーの女が凄かった。
 宮部はとにかく物語の作りが巧い。それは起承転結があって、プロットがしっかりしているからだろう。判りやすいし読みやすい。ところが、これは読者にとっては時には物足りなく退屈に思えるのである。大体予想通りの展開になることが多いからだ。しかし、今回は「毒」というテーマでもって複雑に入り組んだストーリーを作り出し、そこに人生観をもたせ、圧倒的な筆力でもって引っ張っていってくれたのである。素晴らしかった。
 ところで、ラスト近くで不覚にも泣いてしまったのであるが、やはりこの小説の素晴らしさは主人公・杉村の人柄に寄るところも大きいのであろう。親として子に何が出来るのかを考えさせてくれる小説でもあった。これも良かった。ラストは少々強引と言えなくもないが、何が正しくて、何が間違いであるのか、そんなことははっきりとはわからないのであるから、これはこれで良かったのだと思う。
 シリーズとして読み続けたい。
 「誰か」を未読の方にもお薦め。