エデン/五條瑛

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★★★★☆
 格好いいなあ。
 すでに死刑制度が廃止された近未来の日本。ストリートギャングの亞宮柾人がぶち込まれたのは、政治・思想犯専用の特別矯正施設「K七号施設」。ここは長期刑の人間が入れられる施設。それなのに、なぜ二年の刑期の亞宮がここへ送り込まれたのか。刑務所でありながら、受刑者は生徒と呼ばれ、ドームで覆われた庭ではたくさんの男が好き勝手にしていた。看守はほとんど顔を見せず、いつもにこにこしたカウンセラーが常駐している。だがこの自由で平穏な施設で、事件がたびたび起こっていく。疑問に思った亞宮は施設の謎を解くべく、過去の事件に眼を向けてゆく。
 短編連作である。奇妙な施設が設定にあるので、その謎を解くということもあってミステリーと呼んでもいいが、これはやはりハードボイルドであろう。
 ストリートギャングの亞宮と思想・政治犯の彼ら。思想という檻に逃げ込んで群れて生きるしかできない彼らは、同じ規律で拘束された同士を欲しがる。仲間がいなければ落ち着けない弱い生き物なのだ。高い教養もあり、熱心に社会の在り方を考えている人間が、どうして暴徒と化すのか。終身刑になってもその思想は変えられないものなのか。信念だけで犯罪に走る彼らと亞宮との違いはどこにあるのか。難しいことは考えずに日々精一杯生きていく亞宮。「生きるための目標だとか意味だとか、そんな温いことを言ってるから、頭がおかしくなるんだよ」と、亞宮は吐き捨てる。
 あらゆる人間の心の平和は何なのか。世界の平和とか真の敵とか。また人間にとっての楽園とはどうあるべきなのか。考えても、亞宮の心の中にある思いは単純なものしかない。何ものにも流されないで生きてゆける亞宮は格好いい。
 男たちだけしか出てこない小説は読んでいて楽しい。テーマも興味深い。だが、この謎に満ちた施設を作った北所長の思惑がいまひとつ伝わってこないし、亞宮が魅せられていくカリスマ野郎に対しては、圧倒的なカリスマ性が見えてこない。一つ一つの話は面白いが長編として読むと風呂敷を畳めてなくてあっけなさが残る。右半身不随のマリのその後が気になるし、施設の秘密主義とか場所とか疑問の余地が残るのだが、五條テイストは堪能したということで納得。己の心に問いかけている小説はやはり面白い。