ダブル/永井するみ

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★★★★★
 相馬多恵は、駆け出しのフリーライターである。多恵が本当に書きたいものは、「人間という生き物の不思議さ、しぶとさ、哀しさが伝わるもの」である。そんなとき「いちゃつきブス女」と「痴漢に間違われた鉄道マニア男」という、被害者に対する思いやりのかけらもない言い方で注目を浴びている二つの事件が起こる。二人の人生を調べてみれば面白そうだと打算含みもあった多恵なのだが、自分が知りたいと願っていたことがここにあるのではないかと思ったのも事実なのだ。取材を進めていくうちに、ある女性に辿り着く。まさか、彼女が、と思うほど外見はおっとりとした可愛らしい女性なのである。彼女を追えば追うほどにかつてない犯人像と動機にとりつかれていく。
 この二人の被害者は、他人に不愉快な思いをさせる要素がたくさんあった。肥満だったり、ブスだったり、香水がきつかったり、声がキンキンしていたり、と。見た目が悪いと、無責任な世間の人たちは被害者に対してにやりと笑うだけで同情さえもしないのである。気の毒なのは確かなのだが、これでは恨まれてもしかたがないのでは、と思うのも正直なところである。読んでいくうちに、それはどうしてなのか、なにがそんなに人を不愉快にさせるのかということがわかってくると、恐ろしいことに、犯人の気持ちに同調していくのだ。と同時に、犯人に迫っていく様子に目が離せなくなるのである。こんなにドキドキするのは久しぶりである。まるで肌が粟立つような、それでいて、なんともいえない嫌な感じもするのだが、面白いのも確かなのである。犯人の不気味さ。いったい何を考えて事を起こしたのかわからないというような、得体の知れない犯人の不気味さに怖気出すのだ。
 永井するみは、女性の気持の描き方が抜群に巧い作家なのであるが、本書の、気持ちの悪い不気味さは群を抜いている。平凡な主婦が普段どんなことを考え、世間一般にはどんなふうに見えているのか。働く女性として雑誌のライターを登場させ、彼女と対比させて、同年齢の家庭が中心なだけの自分勝手な人物との心理合戦は素晴らしい。
 驚愕の事実が待っているのだが、それにも増して最後に辿り着いたほっとするような温かい気持ちには救われる。世間一般には疎まれていると思われている人物も、近くにいる人にとってはとても大切でかけがえのない人だったりするのである。そこに気づかせてくれて、不覚にもほろりとさせられるのであった。
 一気読みです。お薦め。